上品にバトルロワイアル

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酷評注意
■ストーリー
囚人と看守ゲーム。バイト感覚で実験に参加した被験者達。初めはふざけあっていたものの、徐々に看守と囚人はいがみ合い、支配関係が生じていく。閉じられた社会で監視の目は緩く、看守達の行動は徐々にエスカレートしていく…。スタンフォード大学で実際に行われた実験を元に作られた人間の醜さと凶暴性を暴く映画。
 
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 こないだ見た『ドッグヴィル』と似た感じです。閉じられた社会で徐々に人間関係が悪化し、凶暴性と狂気が発露していくのを描いた映画ですね。『ドッグヴィル』が三時間弱という潤沢な上映時間を存分に利用して人間が両親を失っていくのを丁寧にネチネチ描いていったのに比べると、さすがに粗が目立ってしまいます。
 ちょっと展開急ぎすぎの感も。序盤から破局まで一挙に駆け抜けていきますが、別に小奇麗にストーリーまとめなくてもいいから、もうちょっとドロドロさせてほしかったですね。
 普通の人が徐々に徐々に凶暴性を発露するのが本作の見所だと思うのですが、ベルス(看守側リーダー)とクレス(囚人側。主人公)、この両トラブルメーカーが騒ぎおこしすぎで各々の性格描写に入り込めないうちからどんどん事態を悪化させるのは困ったものです。
 早々と支配関係が生じてしまったために、物語の大部分は看守側の一方的ないじめショーになります。この映画で疲れた、辛かったという声はよく聞きますが、多分人間の悪い性を見せられたからではなく、いじめショーにメリハリがなく単調なのも原因でしょう。囚人の反抗と看守の逆襲の繰り返しだけでは、やや単純です。「単調なストレス映像というのは最後のカタルシスを期待させるものですが、本作も強引にやってのけました。決定的なピンチから氾濫が始まるところからも、監督がカタルシスを狙っているのが伺えます。囚人の氾濫というクライマックスはちょっと月並みですが悪くないでしょう。問題はアクションがぎこちなくて快感が得られないのと、物語を多分に引っ掻き回した空気を読めない女が介入してくるからでしょうか。
 本作の意義というのは月並みであっても普通の人間がおかしくなってしまう過程にあったんじゃないでしょうか。既におかしくなってしまった人間が起こす陰惨ないじめショーの奇想を楽しむものではないでしょう*1。わざわざ実際に起こった事件を題材にしているんですから、しっかりと描いてほしかった感はあります。
 各登場人物の性格描写は悪くないです。基本的に人間の性は汚いというスタンスの映画は好きですし。無駄なシーンを切り捨てて個々の描写を掘下げていけば面白い映画になりえた惜しい作品だと思います。
 「例えば看守リーダーのベルツ。彼は権力の使い方を知りません。衝動の赴くまま相手を屈服させることに熱心なだけです。初めはリーダーシップを発揮できないし、仲間とも打ち解けられません。鏡を見て自分の容姿を気にするシーンがやたらと多い彼ですがコンプレックスと自意識過剰を併せ持つ弱い人間であることが伺えます。人より残酷になれるのも、これまでろくな目にあってないという自己憐憫の賜物でしょう。ベルツはまず自分を救うのが先決で、自分と同じレベルよりも下に相手を位置づけることに必死なわけです。人との交流が少なくて他人を思いやる機会にも恵まれてなさそうですね。看守と囚人の役が逆ならベルツの位置にはシュッテが入っていたのかもしれません…。他のどの登場人物よりも秀逸な描写の目立つベルツですが、もうちょっと長く語ってもよかったでしょう。割と単純で掘下げの薄い他の看守と比べて人間の暗い性をさらけ出している最重要人物だと思うわけですよ。看守になってからの彼の精神の充足を不気味に表現できれば後半はもっと深みのある展開になって行ったでしょう。
 例えば監視カメラ。この映画、主人公の潜入カメラを含め、監視カメラ視点の映像が非常に多いですよね。人間を狂暴にしてもてあそんでいるマッドな実験に不快を感じるための演出でしょう。過剰ないじめ描写のせいで「人間って醜いねぇ」という印象が「人間の心をゲーム感覚でいじるなんて最低」っていう印象を吹き飛ばしている感があります。どうも実験そのものを告発する意味が薄れてしまっている。やはり監視カメラを使った演出が単純だからでしょう。教授をマッドな悪者にして実験のひどさを表現するのはあんまり。それだとスタッフとルールがしっかりしてれば実験は大丈夫って印象与えますよ。人権すら蹂躙してしまう知的好奇心の残酷さを描きたいなら…。映画を見てる我々を非難するような作りにすればいいんです。わざわざこんな映画借りてきて隔離された人間を見てみようと思ってる酔狂な連中です。やってることの延長線上にマッドな教授がいるわけですよ。同じ監視カメラというフィルターを通していじめを楽しんでいる看守を見てほくそえむ。映画はフィクションですが、罪深くないでしょうか。あの女の助手も含めて研究職員と観客を一致させる演出があれば、最後の逆襲シーンが生きてくると思うわけですよ。未来コロシアムものみたいにサディスティックな快感が得られれば最後に観客と主催者がこっぴどい仕打ちを受けてピンと簡単なんですが、こういう映画だと難しいですね。むぅ。

*1:エド・ゲイン事件を換骨奪胎してしまった傑作『悪魔のいけにえ』のように、新たなテーマと視点で元ネタを骨抜きにしてしまった成功例もあり