偉大なりロジャー・コーマン

私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか―ロジャー・コーマン自伝
 ようやく読み終えました。コーマンの映画愛に溢れた本でしたね。関係者のインタビューがなければ映画制作の話ばかりになってましたよ。プライベートな話や、コーマン自信の考えが述べられるかと思ったらいつも映画制作のエピソードに引き戻されるんです。特に後半は顕著でした。
 コーマンは才能溢れる偉大な独裁者だったようです。イロモノ映画を多く撮っているので現場はトラブルも多いのですが、てきぱきと仕事を進める様は実に壮観です。代表作の『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』もまるまる一章割かれており、結構語られていますが、『血のバケツ』の焼き直しだし、撮影期間はわずか二日のやっつけ仕事です。状況にすばやく対応して次々に成功を収めるところ、カルトの帝王と呼ばれる所以なんでしょうね。ひと癖もふた癖もある新人たちを自在に操る記述はスピード感が伝わってくるし、爽快感があります。よくビジネスのシーンをカッコよく撮る場合、移動や会話を多くしてスピード感が表現されてますが、現場は実際そんな感じだったんでしょう。
 コーマン自身はリベラル左翼で心理学を念頭に置いたホラーを好んでいたあたり、インテリな風情が漂ってきますが、実際芸術系の映画賞はいくつもとっているし、優れた外国映画をアメリカに紹介しているようです。しかし、コーマン自信は安い予算でキワモノ的な要素を含ませて商業的に成功することにこだわったようです。たぶんハリウッドに対するアンチテーゼなんでしょう。これを見るとコーマンは映画をビジネスとして乾いた目で見ていたように見えますが、キワモノ映画で自分のやりたいことを最大限に実現していきたいというチャレンジの姿勢も垣間見えます。コーマン自身は商業的な成功は二の次であって、とにかくたくさんの映画を作りたい。映画を作るのが楽しくてたまらなかったんだと思いますね。そのために独裁政権を維持しなければならず、ビジネス面での失敗には敏感だったんでしょう。コーマンスクール出身にもかかわらず商業的な成功にさほど敏感ではなかったコッポラはやとわれ監督に成り下がってしまいましたね。
 キワモノ映画でも社会性を帯びた作品は作れる。芸術性を含ませることは出来る。コーマンが映画を紹介する記述ではこうした信念が見え隠れしてます。結局コーマンはとてつもない自信を持った天才であり、キワモノそのものを愛した変態ではなかったということですね。でなきゃここまで成功しませんよね・・・。これはちょっと残念。
 結構印象に残ったエピソードがあって、南部の黒人差別問題を扱った『不法侵入者』のエピソードですね。コーマンが初めて商業的に失敗した作品です。昔の問題を振り返るのではなく、今、現実に起こっている問題を取り上げることの困難さを描いていますが、迫力があります。バイク集団をとりあげた『ワイルド・エンジェル』でも麻薬問題を取り上げた『白昼の幻想』でもそうですが、コーマンは実際に当事者に混ざって映画を取ってるんですね。そこでできた映画というのはリアリティというより、リアルそのものだし、時代の雰囲気も伝わってきます。実際に当時起こっていた社会問題ですから世間の目は敏感です。配給会社はもっと敏感です。だけに撮影以後に多くの障害がまっていたようですが、それだけにリアルタイムな問題を取り上げた映画というのはそれだけで価値があるものといえるでしょう。『ゾンビ』で描かれた消費社会への批判は今でこそ陳腐ですが、1970年代に娯楽映画でやってのけたってのはやっぱり価値のあることなんだなぁと思ったわけです。
 コーマンスクール出身者はデニーロ、ジャック・ニコルソンマーティン・スコセッシなどが今もがんばってますが、大分年老いてきました。コーマン自身も今や80です。ポスト・コーマンなるインディーの巨人は現れないのでしょうかねぇ。メジャーにパンチを与えるインディーはその業界を活性化させます。アメプロもECWの台頭がなければ、社会現象になるほどの盛り上がりはありえなかったでしょうね。ECWのオーナー、ポール・ヘイマンも帳簿つけるのが下手くそな独裁者だったことから共通点はあるのかもしれません。*1
 本当に大部分が映画制作のエピソードなんですが、コーマンの貫禄がうかがえる関係者の話や海千山千の映画配給会社との確執など興味深い著述はいろいろあります。映画が少しでも好きなら超元気がでる本なのでオススメ!!!

*1:コーマンが財政管理は嫌いで苦手な部分を述べている最終章は非常に強引に映画制作の話に持っていかれており笑えます。