嫌われ松子の一生(2006)


 中島哲也監督作。前作『下妻物語』は、それはもうテンションの高い大傑作でストーリーも演出も神がかってたんですね。続けざまにやってきた『嫌われ松子の一生』ですが、しっとりとしたタイトルだし、なんだか暗そうだし、あまり期待してはいなかったんですね。
 見る気もあまり起きなかったんですが、松子が素晴らしいダメ人間という噂を聞き、ダメ人間愛好家の僕としては観ないわけにはいかなくなったわけですよ。
 で、観てみると、これがまた素晴らしい大傑作。いまのところ今年度ベスト映画タイ*1です。

昭和22年、福岡県大野島に生まれた川尻松子。お姫さまのような人生を夢みる明るい少女時代を過ごし、やがて中学校の教師となる。しかし、ある事件が原因で20代でクビに。その後、愛を求めて男性遍歴を重ねるたびにますます不幸になってゆく松子。いつしかソープ嬢に身を落とし、果ては同棲中のヒモを殺害して刑務所に服役してしまう…。
      「allcinema online」より引用

 僕がダメ人間のフィーチャーされた映画が好きなのは、どんなヒーローよりも感情移入しやすいからであり、ツボにはまると非常に私的な映画になってしまいます。
 今回の川尻松子はオープニングから救いようのないダメっぷり。ヘマをして、他人のせいにしたがる、そしてドツボにはまると自暴自棄に陥ると妙にリアリティのあるダメっぷりを炸裂。程度の差はあるが他人事ではない。幼い頃、注目を浴びたくて変な顔をするっていうのは、ほんとーに他人事ではない。ヤバイ、マズイ、正視できんぐらい共感できるというか、身に覚えがあったりする。一人誕生会とかやばいねー!
 松子はなりふり構わず愛を求め、結果堕落していくんですが、絵に描いたようなダメルート。松子が次第に帯びていく悲壮感は自己憐憫という甘い甘い誘惑を僕に投げかけてきます。松子にどっぷり感情移入した状態で、「松子ってかわいそう!」と思うのは、自分をかわいそうだと思うことと同じ。松子に悲壮感が漂い始め、なんだか知らぬ間に神々しく持ち上げられてきた後半あたりが、この映画が嫌われちゃってる点だと思いますが、僕は泣いてしまった。あの、自己憐憫という甘い誘惑には勝てない*2
 ダメ人間映画として求められる最たる点は「ダメなやつはダメ」という描き方。「ダメなやつだけど、いいとこあるんだよ」という視点は偽善だし、欺瞞なのです。「俺って、そんなにいいやつじゃねーよ」と思っちゃう。我ながらかわいくないねー!
 
 確かにこの映画が、神がかって素晴らしいのは前半から中盤にかけてなのです。ひたすら奈落の底へ落ちていく松子を見て、読んでないけど原作が暗いのは想像できますが、中島監督のスーパーハイテンションな演出が松子に救いを与えます。寂しがり屋で不器用というのは別段不幸ではない。寂しさは人を殺しもしますが、助けることもあります。おそらく原作では物悲しさ入ってた松子の幸せを監督は徹底的に明るく演出していたんでしょう。松子の幸せを素直に受け止められる、一緒に幸せな気分になるというのは、このストーリーだとどう考えたって難しいわけですが、この監督はやってのけた。寂しさが生む救いと破滅を、原色ギラギラ、歌にダンスのド派手な演出でもって実現させました。ミュージカル風の演出というのは感情を理屈ぬきにストレートに伝えることに向いていますが、観る人によって幸福か不幸か問いかけてしまう厄介な松子の物語にメリハリを与えることに成功したんでしょう。
 
 わりと観る人を選びますが、名作です。オススメ。

*1:もう一つは『キング・コング

*2:全然話は違うけど、昔『赤と黒』を読んで、美少年ジュリアン・ソエルに感情移入したことだってあるぜ!