パノラマ島奇談

江戸川乱歩全集 第2巻 パノラマ島綺譚 (光文社文庫)
 意外と見つからない江戸川乱歩の古本。見つかっても妙に高かったりするのよね。映画はレンタル(しかも廉価デー)、本は古本しか買わないケチな僕は乱歩に親しむ機会があまりなかったのでした。小学校時分は図書館に少年探偵団が所狭しと並んでいましたが、妙に怖い表紙に幼い僕は手を出せないでいました。だから、僕が今まで読んだ乱歩の小説はズバリ、『孤島の鬼』一本だけなんです。ホラーや怪奇が好きな僕にとってはありえないですよね。乱歩の代表作のひとつである『パノラマ島奇談』を今頃読んでいるのもちょっと恥ずかしい思いがあります。まぁホラー・怪奇に目覚めたのも去年だからしゃあないってのもありますが。ポー、横溝、ラブクラフトも全然読んでないしね〜。今、平行して『姑獲鳥の夏』も読んでますが、京極堂の生意気な語り口が鼻につきまくりでなかなか読み進みません。全然話進まないし!
■ストーリー

しがない小説家、人見廣介には野望があった。それは理想郷をこの手で作り上げること。音楽や絵画といった二次的でなく神のように自分の手で自然を操作し自身の世界を作り上げることであった。そんな人見廣介に、ある日チャンスが巡ってくる。風の噂で大学の同級生で富豪の男が死んでしまったというのだ。人見廣介にとって都合のよかったことは死んでしまった男と容姿が瓜二つであること。このときから人見廣介の頭に拭いきれぬ黒い計画が立ち上ってくるのであった...。

 たったの二作しか読んでないわけですが、乱歩の小説は無駄のないテンポのよさが感じられるんですよね。人見廣介の作戦もパノラマ島の描写もめんどくさい部分はビックリするくらい描写を切り捨ててる。「読者の想像にお任せする」って言葉を説明の省略のためにぬけぬけと使ってるところに驚かされます。ドキドキする上にささっと読める。娯楽というのは辻褄よりテンポが大事ってのは最近僕も思い始めてきたところで、これを実践してる乱歩先生はやっぱり偉いなぁと思うところなのでした。
 本作のクライマックスは人見廣介と千代子婦人(死んだ金持ちの妻)のパノラマ島巡りでしょう。表現が若干過剰ですが、非常に面白い。自然がいっぱいで雄大なのに不自然で違和感バリバリという奇怪な景観が上手く表現されてます。初めのパノラマ島入り口の水族館の恐怖は個人的に共感できます。水族館って未だに怖くて行けません。水に囲まれて薄暗くて圧迫感あるし、魚がグロテスクだし、下手なお化け屋敷よりよっぽど怖いですよ。他の地域もスペクタクルという言葉がピッタリ当てはまる奇想と迫力に満ちてます。閉所から広大な場所に出てくるときのカタルシスにパノラマ島というアイデアが効果的に生かされてます。パノラマという仕掛けでここまでスケールを膨らませられる乱歩はやっぱり変態ですな。エロくなってるし。また、視点が千代子夫人であるため、夫と入れ替わっている人見への疑いとパノラマ島の悪魔的な光景が相乗効果を発揮しているんです。異世界を作ろうとする男の狂気が上手く表現されてるんですね。
 探偵の登場は蛇足以外の何者でもなく、いらねぇ、帰れって感じでしたが、エンディングはとても綺麗でした。バベルの塔は神の怒りに触れて塔自体が壊滅することにより終わりを告げましたが、パノラマ島は最後まで人工の怪しさと危うさを兼ね備えたまま完成を迎えるのですね。結局は「乱歩自身がパノラマ島を完成させたことにより人見廣介以上の悪魔であることが」明らかにされたということですよね。
 パノラマ島巡りのあたりから進めば進むほど島の存在感が不気味に頭の中にそびえ立ってくる怪作です。面白かった!