プリズンホテル1 夏

プリズンホテル 1 夏 (集英社文庫)
 う〜ん、やっぱりやるねぇ浅田次郎。面白かったよ。ストーリーは月並みだし、大衆文学ではありがちな知識と経験のひけらかしといった側面も否めないけど、ワクワクするような設定と、著者自身をさらけ出しているような生き生きした主人公描写の面白さがそれらを補って余りある魅力をかもし出します。

■ストーリー

 寂しがりで見栄っ張りで強情で暴力的で神経質で偏屈な小説家、木戸は父親を亡くしてしまい義母の後妻のほかは血縁者がほとんどいない孤独な身の上。たった一人の血縁の仲蔵おじさんは極道の大親分。「仲オジには近づくな」との親父の遺言もあり、木戸は叔父でも冷たい態度をとるが、葬式で顔をあわせたことをキッカケに、仲蔵叔父が経営する奥湯元あじさいホテルに泊ることに。しかし、そこは任侠の任侠による任侠のための"プリズンホテル"なのであった…。
 
 シリーズの第一巻だけあって、登場人物の顔出しが多くを占めている感はありますが、ストーリーはきっちりこの一巻だけで完結しています。終盤まで主軸がよく分からないのもよし。微妙にミスリーディングもなされているのが上手すぎ。そのためかオチがかなり強引な感もありますが、許容範囲でしょう。浅田さんの文章は基本的にテンポがいいので気づかない人も多いと思います。
 本作は浅田さんも楽しんで書いていたんでしょう。浅田さん本人をモデルにしたと思われる作家木戸の鬼畜っぷり、ダメっぷりは度を越えており、爽快感すらただよってきます。自分の短所をこれでもか、これでもかと開き直って書き綴った感じ。個性的で魅力的な他の登場人物と比べてもダントツの存在感とリアリティを放っています。ダメ人間愛好会のレベルから見ても木戸孝之介はかなり高め。ダメ度次点の若林隆明といい、ラストは「登場人物みんなが清流に巻き込まれたように綺麗で温かい」終わり方をしてくれますが、なんかごまかされたように感じたのは僕の心が邪悪なせいでしょうか。心の屈折した木戸にはちょっと親近感が沸いてしまいます。
 生々しくて笑えない心中親子編やほとんど漫画状態なスタッフ編(ゴンザレス、梶板長、花沢支配人etc...)とちょっと僕には合わない点もありましたが、浅田さんがやりたいことやってちょっと暴走してみた結果でしょう。本作、遊びまくっているようで非常に丁寧で落ち着いた出来なんです。時々木戸やメチャクチャな展開で遊んでみたほころびがでてくるのもほほえましいくらいです。次回作では破天荒な設定なんだからもっともっとはじけてくれることを期待してますよ。
 ぶっ飛びエンターテイメントを期待しても、いつもの心洗われるような人情作品を期待しても楽しめる良作です。あと、極道の皆さんも結構かっこよく描かれてましたよ。